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名古屋地方裁判所 昭和23年(ヨ)315号 判決 1948年12月08日

申請人

全日本金属労働組合豊和分会

被申請人

豊和工業株式会社

当裁判所は口頭弁論を経て次の通り判決する。

主文

申請人が被申請人に対して追つて提起する妨害排除訴訟の本案判決確定に至る迄申請人が金五千円の保証を立てることを条件として被申請人は申請人が現在使用中の愛知県西春日井郡新川町大字須ケ口千九百番地被申請人会社工場内にある申請人組合事務所の使用を妨害してはならない。但し申請人は被申請人会社の作業に支障を来すような一切の行為をしてはならない。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請人代理人は申請人分会が被申請人会社に対して提起する妨害排除訴訟の本案判決確定に至る迄

(一)、被申請人は申請人の愛知県西春日井郡新川町大字須ケ口中道千九百番地被申請人会社新川工場内にある昭和二十二年十一月三日現在使用中の申請人分会の事務所の使用を妨害してはならない。

(二)、被申請人は申請人宛来訪者で申請人の認めた者の右事務所への来訪を妨害してはならない。

(三)、被申請人は被申請人が昭和二十三年十月二十八日附を以て解雇を通告した平田六郎以下十七名を含む申請人分会の組合員が右事務所へ出入することを妨害してはならない。との裁判を求める。

事実

申請人組合は労働組合法により被申請人会社の従業員を以て組織する労働組合であつて、其事務所を愛知県西春日井郡新川町大字須ケ口中道千九百番地被申請人会社新川工場内にもつており、右事務所は被申請人会社工場敷地内の被申請人会社所有の建物内にあり被申請人会社の承諾を得て使用しているものである。

右事務所は昭和二十二年八月初旬申請人と被申請人間に使用貸借を締結し申請人が之を借受けたものである。それ以前は申請人の事務所は現在の事務所の北方の二階建独立家屋延坪約六十坪余を被申請人から借受けて使用していたものであるが、右建物は被申請人の都合により之を当時遊休建物たる現在の組合事務所の建物に変更したもので、其変更に際し、被申請人が特に申請人のために改造し前記事務所の代りとして使用せしめたものである。右改造が申請人の事務所を作るためになされたものであることは現在の申請人の事務所の南隣の一室(約五十坪あり現在この一部を第二組合がその事務所としている)が申請人の会議室用として改造され申請人に其使用を許してきた事実に徴して明白である。

而して申請人と被申請人間に於いて締結され有効期間内にある労働協約の一部を被申請人会社は昭和二十三年十月七日一方的に破棄する旨の通告を申請人組合に対してなした事に端を発し更に被申請人は同月十四日申請人に対し右協約の全面的解消を通告したので争議状態となり申請人は遂に同月二十七日被申請人会社に対して争議による闘争宣言を発するに至つた。

申請人組合は社会的経済的政治的な各種の活動をなす労働組合であり其の事務所は組合の活動の根拠地であり組合活動には欠くべからざるものであるが被申請人会社は申請人組合の友誼団体よりの申請人分会の事務所への来訪者を右争議状態発生の前後より制限して被申請人会社の門前に於て入場を拒否しているのである。

申請外平田六郎以下十七名は被申請人会社の従業員であり申請人組合の組合員であるが昭和二十三年十月二十八日被申請人会社から不当な解雇通告を受けたが此解雇は労働組合法第十一条及び労働関係調整法第四十条に違反するものであるから当裁判所へ解雇の効力一時停止の仮処分命令を申請したのであり右解雇は当然無効なものであつて右平田六郎以下十七名は当然被申請人会社の従業員であり且つ申請人組合の組合員であるので此等の者の申請人組合事務所への出入は当然許容せらるべきものである。

仮りに右平田六郎以下十七名の解雇が有効であるとして従業員たる資格を失つたとしても、申請人組合の組合員たる資格を当然失うものではないのであるから、申請人組合の組合事務所への出入は当然許さるべきものである。然るに申請人会社は平田六郎以下十七名の者が申請人組合の事務所への立入を制限禁止しているのである。

依つて申請人が被申請人に対して提起する妨害排除訴訟を提起すべく準備中であるが被申請人会社は現在争議中の申請人組合の組合員に対して其分会事務所の立退を実力的強制で要求される虞が十二分に存在するので之を避けるため且つ申請人組合への来訪者で申請人の認めた者及び平田六郎以下十七名の被解雇者の右分会事務所への出入に対する被申請人の妨害を避くるため仮処分の必要があるから右妨害排除の仮処分の裁判を求めると述べ本件事務所に申請人会社の工場の入口近くにあり且つ被申請人会社の作業場から最少七十米離れた場所に在つて、被申請人会社の業務に支障を来すような虞は全然ないものであると附陳した。

(疎明省略)

被申請人代理人は申請却下の裁判を求め、申請外全日本機器労働組合東海支部豊和分会(以下機器分会と略称す)の事務所があつた場所は申請人主張の通りであるが機器分会と申請人とは別個のものであり申請人と被申請人とは労働協約を締結しておらない。従つて申請人組合が其事務所を申請人主張の場所に置くことに就いて其の建物の所有者であり管理者である被申請人は承諾した事はないから申請人が機器分会の事務所のあつた場所を申請人組合の事務所として使用することは不法占拠である。

申請人が現に使用しつつある事務所は被申請人会社の試験工場であつて暫時此処を使用していても差当り大きな支障がなかつたことと被申請人会社の全従業員が元機器分会に所属していた事等の事情に因るものであつていつ迄も茲の使用を容認したものではない。

申請人の主張する事務所は被申請人会社工場の構内にあり其の同一構内には従業員総数の九割五分以上を占める二千三百余名の組合員を持つ申請外豊和工業労働組合(以下第二組合と称す)があり同組合員は秩序ある作業を行つているのである。ところが申請人組合は未だ争議状態に入らなかつた昭和二十三年十月二十七日ですら暴徒化した一部の申請人組合員は第二組合の組合員の作業せる工場内に雪崩を打つて乱入し手に旗を振り電動スヰッチを不法に占拠して工場の安全及び秩序を破壊し第二組合員をして遂に非常口から難を避けるに至らしめる等の行為をなしているので被申請人会社は本来の治安維持上、相当なる処置をとることは当然の権利であり労働作業秩序保持のための当然の責務である。

又申請人は其本友誼団体員の申請人組合事務所への出入を要求しているのであるが昭和二十二年十月二十八日被申請人会社工場に於て申請人の友誼団体員に関連した流血の惨事発生の事実に徴しても斯かる流血の惨事を生ずべき虞れある場合、かかる虞ある人に対して不祥事件の発生を防止するため申請人の友誼団体員の出入を認めることは出来ない。

申請人分会所属人員は仮りに平田六郎以下十七名の解雇者を加えても僅々数十名にすぎない。此人員は当時被申請人会社工場に使用せられる総労働者数の四分の一以下であるから申請人分会は当然に第二組合と被申請人との間の労働協約の適用を受けることになるのであるから申請人分会の業務は本来全然ないか若しくは極めて制限せられた場合にしか必要としない従つて其事務所の使用の必要もないか若しくは極めて限られた範囲に於いてしか無いこととなる。又被申請人は第二組合との労働協約に基き当分の間他の組合員の被申請人会社工場への出入を制限することを約しているのであるから、此の約束は当然申請人組合をも法律上拘束するものである。従つて申請人の友誼団体員の出入を認めることは出来ない。

申請人は本件申請に於いて其事務所を使用する必要あることを主張しているが申請人は本件事務所の外に被申請人会社の近傍たる愛知県西春日井郡新川町大字須ケ口字千田林一七八番地上豊和労働会館(被申請人会社工場の構外にある旧医局の一部)乙第二号証図面の鉛筆斜線の部分を事実上の事務所として使用しているものであるから申請人は本件事務所使用の必要はない。申請人が本件事務所の使用の必要ある事を主張するのは事務所出入に藉口して被申請人会社工場の構内に争議団体員や申請人の友誼団体員を出入せしめて争議権の範囲を逸脱した無規律の行為によつて被申請会社並に第二組合に妨害を加えて因つて暴力革命的混乱を惹起せんとすることを目的とするものであつて申請人は本件事務所使用の必要はなく右豊和労働会館の一部を事務所として使用するを以て足るから本件事務所は之を閉鎖することが至当であると陳べた。(疎明省略)

理由

仍つて按ずるに元機器分会の組合事務所が愛知県西春日井郡新川町大字須ケ口中道千九百番地被申請人会社新川工場内(別紙添附図面参照)にあつた事は当事者間に争がなく証人安藤信時の証言によれば機器分会が昭和二十三年十月十一日其の名称を変更して申請人組合となつたことを認め得る。従つて機器分会と申請人組合とは単に名称を変更したのみで依然同一性を有する労働組合であるから機器分会と被申請人会社間の労働協約は申請人組合と被申請人会社との間に存続するものと看なければならぬ。(当庁昭和二十三年(ヨ)第二九五号仮処分判決参照)又証人竹内日英の証言によれば機器分会が被申請人会社の承諾を得て右組合事務所の使用を始め爾来今日に至るまで申請人組合に対し使用貸借関係を終了せしめ事務所の明渡を求めたことのない事実が認められるから申請人組合が機器分会の使用していた右事務所を其組合事務所として引続き使用する権利あることは事理の当然であつて不法占拠とはならない。

而して証人安藤信時の証言並びに同証言により成立を認め得る甲第二十五号証によれば昭和二十三年十月二十七日申請人組合と被申請人会社間には労働協約の一部破棄並びにその解消の通告に端を発し両者の間に争を生じ之に起因し申請人組合が被申請人会社より本件事務所の立退を要求される虞れが多分に存する事実が認められるのみならず被申請人は其答弁に於いて主張するが如く申請人組合が労働組合法に所謂労働組合たること、被申請人会社が申請人組合と労働協約を締結したこと、申請人組合が本件事務所を使用するに付承諾を与えた事は全部之を否認し申請人組合が本件建物を申請人組合事務所として占有使用することは不法占拠であると主張しているのであるから被申請人会社は申請人組合に対して本件事務所の立退を要求する虞れある情勢にある事実を認め得るのである。

証人大和田邦雄、同竹内日英、同安藤信時の各証言によれば昭和二十三年十月二十七日午後二時頃申請人組合の組合員約五、六十名のデモ隊が工場内の各職場に乗り込み示威運動を行つた事実が認められるのであるけれども右認定事実を以つてしては、被申請人会社は之に相当する適当なる処置を講ずべきではあつても未だ申請人組合の本件事務所の使用権が消滅したと認めるに足る正当なる理由となすことを得ないのであつて、右疎明は本件事務所使用禁止に適する疎明ではない。従つて申請人の右申請は其の保全の必要があるものと謂わねばならぬ。

次に申請人は申請人分会の来訪者にして申請人の認める者の本件事務所への出入に付被申請人会社の妨害の排除を申請しており証人安藤信時及び同証言により成立を認め得る甲第三乃至第五号証、第二十四号証並びに証人竹内日英の各証言を綜合すれば昭和二十三年十月申請人組合と被申請人会社間に紛争を生じた頃より被申請人会社が申請人組合の友誼団体の本件事務所への出入に関し被申請人会社の門前に於いて被申請人会社の守衛又は警備係をして此等の者の入門を制限拒否している事実を認め得るのであるが申請人組合と被申請人会社間に目下激烈なる紛争を展開しており証人竹内日英の証言に依り認め得るように友誼団体と称する者数十名と被申請人会社の係員との間に流血の惨事まで引起した以上斯かる友誼団体の本件事務所への出入は却つて必要以上の相剋摩擦を惹起し徒らに且又益々事端を繁くするのみで事態の円満なる解決を愈々困難にする虞れが十分にあるから申請人組合と其の友誼団体との交渉協議の如きは此際は他に適当なる場所に於いてなすを適当と認めるから斯かる申請は其の必要を欠くものと謂わねばならない。次に申請人は被申請人会社が昭和二十三年一月二十八日附を以て解雇の通告をした平田六郎以下一七名の組合員をも含む申請人組合の組合員の右事務所への出入を妨害すべからざる旨を申請しているが申請外平田六郎以下十七名の被申請人会社の従業員が昭和二十三年十月二十八日被申請人会社から解雇の通告を受けた事は当事者間に争がないが解雇は無効であるか将た又有効であるかは本件に於いて当事者双方の提出せる疎明方法によつては今俄かに判定することができないのみならず本件は申請人組合と被申請人会社間の仮処分事件であるから本件において申請人に許容すべき仮処分命令中に平田六郎等十七名が、本件事務所へ出入することを妨害すべからざる旨の命令をする必要はないと認める。仍つて主文掲記のような仮処分命令を発布することを正当と認め保証につき民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十一条第三項、訴訟費用につき同法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

注、昭和二十四年一月十一日控訴の申立あり。

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